【ようこそブルースへ】エルモア・ジェイムス

ブルースには、音楽の魅力のすべてが詰まっています!

ブルースは現在主流のロック、ポップスなどの音楽のルーツとして、永遠に色あせない魅力を持っています。

ここでは、素晴らしいブルース・ミュージシャンたちをご紹介します。

今回は、スライド・ギターの王様、エルモア・ジェイムスです。

これを読めば、きっとあなたも「聴いてみたい!」と思われるでしょう。

それでは、ご覧ください。

戦前のキャリア

エルモア・ジェイムスは1918年、アメリカのミシシッピ州生まれのブルース・ギタリストです。

少年時代から音楽に親しみ、10代前半から人前で演奏するようになりました。

30年代後半には自分のバンドを結成しています。

やがて、同じミシシッピ州出身のブルースマン、サニー・ボーイ・ウィリアムソンⅡと共に演奏するようになりました。

しかし、第二次世界大戦によって彼のミュージシャンとしてのキャリアは中断します。

ダスト・マイ・ブルーム

彼は海軍に入隊し、太平洋で戦いました。グアム島侵攻作戦にも参加しています。

戦争終結後は再びミシシッピ州に戻り、音楽活動を再開しました。

クラブやラジオ番組などで演奏し、徐々に名前も知られるようになっていきます。

1951年、彼が33歳の時、ようやくレコーディングの機会が訪れました。

トランペット・レコードという会社で、彼は最初はサニー・ボーイ・ウィリアムソンⅡなどのバックで演奏します。

しばらくして彼がリーダーとなるレコーディングが開始。最初に演奏したのが代表曲となる「ダスト・マイ・ブルーム」でした。

そんなに意気込まずに気軽にレコーディングした作品でしたが、思わぬヒットとなります。

こうして、エルモア・ジェイムスは晴れて一流ブルースマンの仲間入りを果たしたのでした。

ブルース・ロックへの影響

エルモア・ジェイムスのギター・プレイは、後のブルース・ロックにおいて、白人プレイヤーたちに大きな影響を与えることになりました。

彼の代名詞となるスライド・ギターはボトルネック奏法とも呼ばれ、スライドバーという器具を指にはめ、弦の上を滑らせて演奏します。

彼の演奏するスライド・ギターのフレーズは、多くの人が「ブルース」と聞いて想像するイメージの代表的な音でした。

代表曲のひとつ「シェイク・ユア・マネーメイカー」のフレーズなどは、多数のアーティストによって、良く言えばリスペクト、悪く言えばパクられています。

彼の音楽で印象的なのは、ギターだけが突出しているというわけではなく、バンドとしての一体感が強い、ということでした。

このあたりも60年代のブルース・ロックへの影響は多大です。ボーカルも、ギタープレイと同様に豪快で魅力的。

ブルースを語るうえで避けては通れない、偉大なアーティストのひとりと言えます。

今回は、エルモア・ジェイムスをご紹介しました。

聴いてみたい!と思われたあなたは、こちらからどうぞ。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!